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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)10号 判決 1985年12月25日

東京都調布市小島町三丁目七〇番地一

原告

戸井田悦造

東京都調布市小島町三丁目七〇番地二

原告

戸井田玉江

右両名訴訟代理人弁護士

須田昭太郎

東京都府中市分梅町一の三一

被告

武蔵府中税務署長

五月女登

右指定代理人

窪田守雄

江口育夫

山田昭四郎

小澤英一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が亡戸井田キンの遺産相続について昭和五四年一〇月二六日付でした次の各処分を取り消す。

(一) 原告戸井田悦造に対する相続税の更正(但し、裁決により取り消された残存部分)及び過少申告加算税賦課決定

(二) 相続人亡戸井田千枝子の相続人である原告戸井田悦造及び原告戸井田玉江に対する各相続税の更正(但し、裁決により取り消された残存部分)並びに各重加算税及び各過少申告加算税の賦課決定

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件相続及び再相続

被相続人戸井田キン(以下「亡キン」という。)は昭和五一年五月一一日死亡し、その子である原告戸井田悦造(以下「原告悦造」という。)、戸井田実、戸井田利子及び戸井田千枝子(以下「千枝子」という。)が相続人となった(以下「本件相続」という。)ところ、千枝子は昭和五二年三月二九日死亡した。

そこで、原告悦造は千枝子の夫として、原告戸井田玉江(以下「原告玉枝」という。)は千枝子の子として、それぞれ亡キンの遺産相続に係る千枝子の相続税納税義務を承継した(国税通則法五条)。

2  相続税の申告と本件更正等

原告悦造及び千枝子は別表1記載一、二のとおり本件相続に係る各自の相続税の申告をしたところ(以下「本件申告」という。)、被告は、原告悦造及び千枝子の右相続税納税義務を承継した原告両名に対して、それぞれ同表記載のとおり更正並びに過少申告加算税及び重加算税の賦課決定をした(以下、一括して「本件更正等」という。)。

3  前置手続

本件更正等についての不服審査は右表記載のとおりである。

4  不服の範囲

本件更正等が、亡キンの相続財産の範囲及び原告らの具体的相続分について、右各申告額を超えて認定した点に不服がある。

よって、本件更正等の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は全て認める。

三  抗弁

1  課税価格の計算

本件相続に係る相続財産の種類別の価額、債務及び葬式費用の金額、相続財産に加算される贈与財産の価額並びに課税価格は別表2記載の各価額欄のとおりであり、そのうち本件申告があったものの価額等は同表各欄の括弧書きのとおりである。

右のうち、原告悦造及び千枝子の取得分の価額は同表右欄記載のとおりであり、これの申告額は当該各欄の括弧書きのとおりである。

2  現金・預金等の価額

別表2の<1>のうち、現金・預金等の価額は、申告された遺産の価額一億四二八〇万三八七八円に次の(一)、(二)を加算したものである。

(一) 申告済み定期預金の既経過利子 五四万四八七九円

本件申告のあった定期預金の既経過分に対する利子が同申告には計上されていない。

右既経過利子(相続開始日において定期預金等を解約する場合の既経過利子の金額から、その利子の額について源泉徴収されるべき所得税の額を控除した金額をいう。以下同じ。)の合計額は五四万四八七九円となり、これも相続財産となる。

(二) 申告のない定期預金とその既経過利子 三七二八万五六八九円

(1) 亡キンは別表3の定期預金の明細欄記載の各定期預金(合計三六一九万九〇〇〇円)を有していた。そして、右元本に対する既経過利子は同表の同価額欄末尾記載の合計一〇八万六六八九円となる。

(2) 右(1)の別表3のうち番号1ないし27の各定期預金(以下この二七口をまとめて「本件預金」という。)は、番号25を除き、いずれも無記名又は架空名義であるが、いずれも亡キンが預入先の各銀行の預金担当者に依頼してその設定又は書換の手続きをし、各定期預金証書の届け出印を管理していた。また、本件預金の使用名義、届け出印及び預入日は相互に関連性があり、その中に番号25の亡キン名義の預金が存在する。

したがって、本件預金も亡キンに帰属するものと認められる。

(3) 亡キンは死亡まで株式会社戸井田製作所の代表取締役であり、本件相続でも明らかなとおり多額の資産を形成したものであり、本件預金を蓄積するに十分な資力があった。他方、原告らは本件訴訟の初め、本件預金は原告らの全く与り知らないものであると主張していた。

3  相続財産に加算される贈与の価額 三三三万一五二五円

(一) 原告悦造は、亡キンから、昭和五〇年一二月二日に八王子市南浅川町二六二五番及び同町二六二六番一の各土地(面積合計二一四一平方メートル)を、昭和五一年一月一四日に同町二六一七番の土地(面積二一七八平方メートル)を、それぞれ贈与された。

(二) 右土地の本件相続開始時の価額は、前二筆が一六五万一四七五円、残り一筆が一六八万〇〇五〇円である。

(三) 右各贈与は本件相続開始前三年以内になされたものであるから、相続税法一九条により、右合計三三三万一五二五円が本件相続に係る課税価格に加算される。

4  原告悦造及び千枝子の取得した財産の価額

(一) 原告悦造の取得額 一二四〇万二六八三円

前記2(二)(1)の各定期預金(但し、別表3の番号28を除いた元本合計三五一九万九〇〇〇円として計算する。)及びその既経過利子(前同様、別表3の番号28の利子を除いた合計一〇八万五六三五円)は未分割の遺産であるから、その合計三六二八万四六三五円につき右原告の法定相続分(四分の一)を乗じた額である九〇七万一一五八円は同原告の取得分となる。したがって、これに前記3の贈与財産の価額三三三万一五二五円を加えた合計一二四〇万二六八三円が原告悦造の取得した財産の価額となる。

(二) 千枝子の取得額 二億七九六二万九九二一円

(1) 前記2(一)のうち、千枝子の取得した定期預金に係る既経過利子の価額は一四万二〇六〇円である。

(2) 前記2(二)(1)の申告のない定期預金及びその既経過利子(但し、別表3の番号28を除いた元本合計額三五一九万九〇〇〇円として計算したもの)のうち千枝子の取得分は、同人の法定相続分(四分の一)に従って算定される九〇七万一一五八円である。

(3) したがって、千枝子の取得した現金・預金等の価額は、当初申告額六一九六万一八六八円に右(1)(2)の額を加算した七一一七万五〇八六円である。

(4) 以上のほか、千枝子の相続財産の取得価額等は別表2記載のとおりであるから、同人の取得価額の合計は二億七九六に一円となる。

5  相続税額

以上の結果、相続財産の価額とこれに加算される贈与財産の価額との合計額六億一五一二万七〇〇〇円(千円未満切り捨て)を課税価額として算定される相続税の総額は、別表4の1欄のとおり二億五八四七万四四〇〇円となる。

右のうち、原告悦造及び千枝子が納付すべき税額は、別表4の2欄のとおり、原告悦造が五〇一万六七〇〇円(贈与税控除)、千枝子が一億一七六〇万五八〇〇円(いずれも百円未満切り捨て)となり、右金額の範囲内である本件更正(裁決により一部取り消し後のもの)はいずれも適法である。

6  重加算税の賦課決定の根拠

(一) 千枝子は、亡キンの死亡まで一年余り同女と同居しており、亡キンが取引先銀行の預金担当者に本件預金(別表3のうち番号1ないし27の合計三五一九万九〇〇〇円)の設定あるいは書換の手続きを依頼した際、これに度々同席していた。

したがって、千枝子は、本件申告時には、亡キンの相続財産として本件預金が存在することを知っていたにもかかわらず、本件預金が無記名ないし架空名義であることを奇貨として、右預金及びその既経過利子を本件申告からあえて除外したものである。

右は、相続税の課税価格の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し又は仮装したことに該当する。

(二) 右仮装又は隠蔽した本件預金及びその既経過利子(合計三六二八万四六三五円)のうち、千枝子が取得するものとされる価額に対応する税額(重加算税の基礎となる税額)は六四二万二〇〇〇円(千円未満切り捨て)となるから、これに一〇〇分の三〇を乗じた一九二万六六〇〇円が重加算税額であり、本件重加算税賦課決定(裁決により一部取消し後のもの)も適法である。

7  過少申告加算税賦課決定の根拠

本件各更正により、原告悦造が新に納付すべきことになった税額は四三〇万七〇〇〇円(前記3のうち、関係年分の贈与にかかる贈与税額控除後の額)であり、千枝子の納税義務の承継者として原告悦造及び原告玉枝が新に納付すべきことになった税額(但し、本件重加算税賦課決定の基礎となった税額を除く。)は一三九万二〇〇〇円であるから、右各金額に一〇〇分の五を乗じた二一万五三〇〇円及び六万九六〇〇円(百円未満切り捨て)がそれぞれの過少申告加算税の額により、本件過少申告加算税賦課決定も適法である。

三  抗弁に対する認否

1  抗済1のうち、別表2の現金・預金等の価額、相続財産に加算される贈与財産の価額及び課税価格並びにこれらに対応する原告悦造及び千枝子の各取得額は、いずれも同表記載の各申告額を超える部分を否認し、その余の事実は全て認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同(二)(1)の事実のうち、本件預金の存在及び既経過利子の価額は認めるが、右各預金が亡キンに帰属するものであることは否認する。別表3番号28の定期預金の存在及びその既経過利子の価額は明らかに争わない。

同(二)(2)のうち、本件預金が別地3番号25の預金を除き無記名又は架空名義であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)(3)は、亡キンが株式会社戸井田製作所の代表取締役であった事実を認め、その余は争う。亡キンの主な収入は年間三〇〇万円前後の給与所得であり、本件預金として蓄積するような資金、収入はなかった。

本件預金はいずれも原告悦造に帰属するものである。すなわち、原告悦造は昭和二九年から同五一年まで戸井田製作所の常務取締役として同社の財務、庶務を担当し、また、昭和二九年から同四二年九月までは経営の総合コンサルタント業をも営み、同四二年からは税理士として業務を行い、その間の経済活動による所得の蓄積は本件預金の額をはるかに超えていた。千枝子は、原告悦造から右収入を預金に預け入れる等の手続きを一任されていたので、右金員を自らの判断で預け入れ、払戻す等の手続きをして、本件預金が形成されるに至ったものである。

3  同3(一)の事実は否認する。

八王子市南浅川町二六二五番及び同町二六二六番一の土地は、原告悦造が代物弁済として亡キンから取得したものである。すなわち、亡キンは昭和五〇年一〇月に同女所有地を竹井住宅産業株式会社に譲渡したことに基づく譲渡所得申告を原告悦造に依頼し、その税理士報酬八五七万二〇〇〇円の支払に代えて、昭和五〇年一二月二日右土地を原告悦造に譲渡したものである。

同(二)の事実は認める。

同(三)は争う。

4  同4(一)の事実は否認する。

仮に本件預金が亡キンの相続財産であっても、原告悦造は後述(再抗弁)のとおり相続を放棄しているから、原告悦造の取得分は存在しない。

同(二)のうち、(1)の事実は認め、(2)及び(3)の各取得の事実は否認し、(4)は、現金・預金等の額以外の財産及び債務の各価額を認め、取得合計額を争う。

5  同5の主張は争う。

6  同6(一)のうち、千枝子と亡キンの同居の事実は認め、その余の事実は否認する。

四  再抗弁(原告悦造の取得分をないものとする合意)

1  原告悦造は昭和五一年一一月七日戸井田実、戸井田利子及び千枝子との間で次のとおり本件相続について合意した(但し、家庭裁判所において相続放棄の申述はしていない。)。

(一) 戸井田実及び原告悦造は遺産分割協議の際に取得する財産を放棄する。

(二) 戸井田利子及び千枝子が遺産分割協議により取得する財産は両名の共有とし、持分は各二分の一とする。

2  したがって、原告悦造は亡キンの相続を放棄したことになるから、仮に被告主張のような生前贈与があっても、相続税基本通達旧一一九条関係(現一九-三)のとおり、相続税法一九条による生前贈与の加算はない。

五  再抗弁に対する認否

再抗弁1の事実は否認し、同2の事実は争う。

本件相続に係る遺産分割協議書(甲第四号証)によれば、原告悦造が「遺産分割協議の際に取得する財産を放棄す」と合意したのは、同分割協議の対象として財産目録に記載された遺産の限度に止まる。本件預金は右財産目録に記載がないから、未分割の遺産であり、これについては原告悦造は相続分がないことを合意(「放棄」)したものではない。

なお、右遺産分割協議書と異なる財産目録のない遺産分割協議書(甲第八号証)は、原本も存在せず、原告悦造及び千枝子以外の者の印影は不鮮明であり、甲第四号証と対比して、真実とは認められない。現に、原告悦造は、本件相続に係る相続税の申告書において、生命保険金五〇万円(申告書添付明細書第1表)及び退職手当金二〇〇万円(同第2表)を自己の取得として記載し、右生命保険金は現実に同原告の預金口座に振込送金されている(相続税法三条一項一、二号)。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  争いのない事実

請求原因事実及び抗弁のうち別表2中の「現金・預金等」の項目以外の亡キンの相続財産、債務及び葬式費用の各価額は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件預金の帰属等

1  別表2の現金・預金等のうち、申告に係る価額の現金・預金等の相続財産の存在及びそのうち申告に係る定期預金の価額には既経過利子を含んでおらず、同価額を計算すると抗弁2(一)の額となることは、いずれも当事者間に争いがない。

また、本件申告に含まれていない預金のうち、別表3番号28の預金の存在及びその帰属者並びにその既経過利子の価額については、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。同表のその余の各番号の預金計二七口、即ち、本件預金についても、帰属者を除き、その存在及びその既経過利子の価額の点は当事者間に争いがない。

2  そこで、本件預金の帰属者について判断する(以下、本件預金に含まれる各預金は別表3の当該番号を丸印の中に記入して表わす。)。

原告悦造本人尋問の結果、弁論の全趣旨及び当該文書の方式と趣旨とを総合して、本件及びこれの設定と関係ある他の預金取引の関係書類として真正に作成されたものの写と認められる別表5記載の乙各号証(なお、後記(一)ないし(四)の認定における右各書証の本件預金との対応関係は、同表の預金の口座欄に記載した別表3の当該番号を丸で囲んで示す。)、証人扇谷克彦の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二三、第二四号証、証人右手崇視の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第三二号証(以下は後記(二)の富士銀行関係と対応する。)、原本の存在及び成立に争いがない甲第一六ないし第一八号証、乙第四七号証、第四八号証の一、二、証人荒木慶幸の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二五、第二六号証、証人小澤邦重の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二七号証、証人右手崇視の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第三三号証(以上は後記(三)の協和銀行関係と対応する。)、成立に争いがない乙第二九号証の一、二、証人石原一郎の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二八号証(以上は後記(四)の埼玉銀行関係と対応する。)、成立に争いがない甲第二号証の一、二、乙第二九号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第四〇ないし第四二号証、第四三号証の一ないし三及び弁論の全趣旨(以上は後記(一)ないし(四)の全般と対応する。)によれば、次のとおり認められる。

(一)  亡キンの資力

亡キンは生前、戸井田製作所の代表取締役の地位にあり、その子である戸井田実及び原告悦造は取締役、千枝子は従業員として、それぞれ同社の業務に従事していたが、亡キンは同社の経営者として長年関与してきた間に数億円にのぼる資産を保有するに至った(本件相続財産はその現れである。)。そして亡キンは右財産のうち不動産を何度か売却し、多額の代金を取得していた。

(二)  富士銀行調布支店の本件預金(<1>ないし<12>関係)

(1) 富士銀行調布支店の預金担当係寺山勝治は、戸井田製作所に亡キンを月一回くらいの割合で訪問していたが、その折りに、亡キンが預け入れ手続きをし、かつ、証書を保管していた預金の書き替えを度々依頼され、これを履践してきた。

このようにして、亡キンとの取引により同支店に預け入れられた無記名定期預金として<1>ないし<12>があり、同支店ではこの一二口の預金者を亡キンと考えていたので、同支店は本件相続開始後、右一二口(但し、<1>ないし<7>は書き替え後)の利子所得税区分票に戸井田キン死亡に付き支払停止と記載した付せんを貼付した(被告の職員の調査時には、<8>ないし<12>の同票には右付せんが現存した。)。

(2) <1>ないし<7>の各預金は昭和四九年一一月二六日(亡キン生存中)に一斉に架空名義定期預金から無記名定期預金に書き替えられたものであるが、その際、<7>の届け出印は、本件申告において亡キンの遺産と申告された右支店の亡キン名義の定期預金(合計六一四万余)の届け出印と同一の印章に改められている。

(3) <8>ないし<10>の預金は、もと架空名義定期預金六口であったものを一斉に無記名定期預金に変え、さらに昭和五〇年一二月三日(亡キン生存中)右三口にまとめられたものであるが、六口当時の架空名義及び無記名の定期預金のうち「戸田」の届け出印並びに<9>の届け出印は、いずれも<7>の書き替え前の架空名義「戸井田優」の定期預金の届け出印と同一の印章である。

(4) <11>の預金は、亡キン名義から無記名に書き替えられた定期預金と届け出印「熊澤」の無記名定記預金とを昭和五一年二月二八日に一口にまとめたものであるが、亡キン気義から無記名に書き替えられた定期預金の届け出印は<7>の届け出印と同一の印章、すなわち本件申告において亡キンの遺産と申告された右支店の亡キン名義の定期預金の届け出印と同一の印章である。

(5) <12>の預金は、戸井田キミ名義から無記名(二回)に書き替えられた定期預金であるが、その届け出印も<7>の届け出印と同一の印章である。

(6) 原告悦造は、本件相続開始後の昭和五二年五月に<8>ないし<12>の各預金の払戻し又は書き換えの手続きをしたが、その際に使用した届け出印は以上と異なる同原告の実印である。

(三)  協和銀行調布支店の本件預金(<13>ないし<25>関係)

(1) 協和銀行調布支店の得意先係川名克己は、亡キンの担当者として昭和五〇年まで戸井田製作所をしばしば訪れ、亡キンの実名及び架空名義の定期預金の書き替えの依頼を受けていたが、そのころ同女はこれらの預金関係書類及ば印鑑類をかなりの数所持していた。また、川名の後任として亡キンの担当者となった鈴木康夫も同様に書き替えを行ったが、その際は、亡キン又は千枝子から連絡を受け、右製作所に出向き、実際の手続きは主に千枝子との間で行われた。

(2) <13>ないし<16>の各預金は、架空名義(「熊沢」「本間」「戸田」「石川」などが主)の定期預金一一口を四口にまとめたものであるが、<13>は前述の<11>の、<14>は同<8>及び<10>の、<16>は同<2>の、各届け出印(いずれも富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一の印章を使用している。

(3) <17>の預金は、架空名義「上原政雄」から無記名の定期預金に書き替えられてきたものであるが、その無記名の当初の届け出印は次記<20>の「上原きん」名義の定期預金の届け出印と同一である。

(4) <18>ないし<21>の預金は、亡キンの実名定期預金一口と「上原きん」など架空名義一七口の定期預金とが四口の無記名定期預金に書き替えられたものであるが、右実名の定期預金の届け出印は前述の<7>の、<18>は前述の<2>の、<18>は同<6>の、<21>は同<8>及び<10>の、各届け出印(いずれも富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一である。

また、<20>は、右「上原きん」と別の同名架空の「上原きん」の名義を経て無記名定期預金に更に書き替えられたものであるが、右無記名となる直前の「上原きん」の届け出印は前述の<17>の当初の届け出印と同一である。

(5) <22>の預金は、架空名義「山川三郎」となっていたが、本件相続開始の約一月後の昭和五一年六月一二日に<25>の預金と合わせて一口(額面一〇〇万円)の無記名定期預金に書き換えられている。

ところが、右<25>の預金は亡キンの実名の定期預金であり、その届け出印は前述の<7>の届け出印(富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一である。

(6) <23>の預金は、右(5)と同月の一四日に架空名義「石川フミ代」から無記名定期預金に書き替えられているが、「石川フミ代」名義当時の届け出印は前述の<8>及び<10>の届け出印(いずれも富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一である。

(7) <24>の預金は、亡キンの実名定期預金一口及び二口の架空名義定期預金を架空名義「山田則正」の定期預金一口に書き替えたものであり、右実名定期預金の届け出印は<7>の、また、右書き替え前の架空名義定期預金のうち「熊沢三郎」の届け出印は前述の<2>の、そして<24>自体の届け出印は前述の<6>の、各届け出印(いずれも、富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一である。

(四)  埼玉銀行調布支店の本件預金(<26>及び<27>)

(1) 同支店の渉外係川名俊明は、昭和四七年から月一度位の割合で亡キンを戸井田製作所に訪問し、同女の依頼で定期預金の書き替え等をしていたが、<26>及び<27>も亡キンのこのような依頼によって設定、書き替えられたものの一つである。

(2) とくに、<26>の場合は、昭和五一年一月一九日に架空名義「白石キン」の定期預金のまま書き替えが行われているが、その際、旧預金証書裏面の領収欄には一旦亡キンの氏名を記載し、これを訂正して「白石キン」に改めている。

ちなみに、本件申告において亡キンの相続財産として申告されている右銀行の定期預金証書(金額七〇万三〇〇〇円)裏面の領収欄は、右と反対に、「白石キン」と一旦記載したものを亡キンの氏名に訂正している。

(3) また、<27>の場合は、二口の無記名定期預金を一口に書き替えたものであるが、書き替え前の一口の届け出印は前述の<2>の届け出印(富士銀行調布支店で亡キンが使用していた印章)と同一である。

以上(一)ないし(四)の認定事実に基づけば、本件預金は全て亡キンに帰属し、本件相続における相続財産であると認められる。

3  原告らは、本件預金を原告悦造の固有の財産と主張し、原告悦造本人尋問の結果中にはこれに沿う供述もあるが、信用できない。

即ち、原告らは、第九回口頭弁論期日において本件預金を「千枝子及び原告悦造に帰属すると思われる。」とその主張を改めるまでは、準備書面及び口頭で「本件預金が誰に帰属するかは知らない。原告悦造に帰属するものではない。」と主張し、釈明してきた事実がある。しかも、原告悦造が本件預金の解約や書き替え等の手続きに関与し始めたのは、本件相続の開始後であり(この事実は前出乙第二五、第二六、第三二、第三三号証及び別表5記載の各号証によって認められる。)、その以前は、前記認定のとおり、もっぱら亡キン又はその意思を受けた千枝子が当たっていた。そして、原告悦造本人尋問の結果によっても、右主張の変遷を納得させるだけの合理的な理由を見出すことはできない。その他、同原告の収入に関する原告悦造本人尋問の結果及び原告らの各立証も本件預金との具体的な結び付きを認めさせるに至らない。

他に、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三  贈与の加算

1  原本の存在及び成立に争いがない乙第三〇号証の一、二、成立に争いがない乙第三一号証の一の一、二、同号証の二及び原告悦造本人尋問の結果によれば、抗弁3の土地のうち南浅川町二六二五番及び二六二六番一の土地については、昭和五〇年一二月二日付け贈与を原因として同月四日に、同二六一七番の土地については、昭和五一年一月一四日付け贈与を原因として同月一六日に、それぞれ亡キンから原告悦造へ所有権移転登記がなされ、原告悦造は右各登記原因に沿う贈与税の申告をしていることが認められる。

右認定の事実及び弁論の全趣旨(亡キンから原告悦造が右各土地の所有権を右各登記の当時取得し、同登記を経由したことは、その取得原因を別として、原告らも自認する。)に基づけば、抗弁3(一)の贈与があったものと推認することができる。

原告らは、南浅川町二六二五番及び二六二六番一の土地は税理士報酬の代物弁済として亡キンから原告悦造に譲渡されたと主張する(抗弁に対する認否3)が、その主張する代物弁済価額八五七万二〇〇〇円は税理士報酬としては異常に高額であり、右認定の事実とくに贈与税申告の事実を考慮すれば、原告悦造本人尋問の結果中、右原告らの主張に沿う部分は信用するに足りず、他に右認定に反する証拠はない。

2  原告らは、また、原告悦造が本件相続を放棄したと主張(再抗弁)し、原告悦造本人人尋問の結果及び甲第八号証にはこれに沿う部分がある。

しかし、原告悦造が本件相続の放棄の申述をしていないことは原告らの自認するところであり、原告悦造本人尋問の結果の一部及び同本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び弁論の全趣旨並びに前記甲第八号証の存在自体とによれば、前記甲第八号証(遺産分割協議書と題する昭和五一年一一月七日付け書面)と同日付けで、本件相続人間で遺産分割の協議書(甲第四号証)が作成され、これには不動産や預金等の相続財産が個別に明記してあって、各相続人の署名、捺印も鮮明であるのに、甲第八号証の方は、(1)戸井田実及び原告悦造は遺産分割協議の際に取得する財産を放棄し、(2)戸井田利子及び千枝子が遺産分割協議により取得する財産は両名の共有とし、その持分は各二分の一とする、と抽象的な記載に止まり、その相続人の捺印のうち、戸井田実及び戸井田利子の印影は極めて不鮮明であり、氏名も自署ではないこと、本件相続にともなう各不動産の相続登記手続きも甲第四号証に基づいてなされていること、が認められる。

以上の認定事実に鑑みれば、前記甲第八号証の原本が存在し、かつ、それが真正に成立した旨の原告悦造本人尋問の結果はたやすく信じられないところ、他にこの原本の存在及び成立を立証する証拠はない。したがって、甲第八号証は証拠として採用の限りでなく、また、原告らの前記主張に沿う原告悦造本人尋問の結果も、右各認定の事実に照らして信用できない。他に右認定に反する証拠はない。

ちなみに、甲第四号証は、そこに記載された相続財産の範囲で各相続人の取得分を定めたに止まり、原告悦造もその範囲の相続財産について取得分のないことを合意したに過ぎないと解されるから、そこに記載のない本件預金は相続人の共有化にあることになる。

また、成立に争いがない乙第一号証によれば、原告悦造は、相続税法上亡キンの相続財産とみなされる(相続税法三条一項)生命保険金五〇万円及び退職手当金二〇〇万円を取得し、その旨を本件申告書に記載した事実が認められる。そして、原本の存在及び成立に争いがない乙第三七号証の一、二によれば、右生命保険金は戸井田実取得分とあわせた一〇〇万円が第一生命保険相互会社から原告悦造の預金口座へ振込送金されており、その支払請求も同原告がしたことが認められる。

3  右のとおり、原告悦造は相続税法一九条にいう相続により財産を取得した者に当たるところ、右1の各土地の評価額(抗弁3(二))は当事者間に争いがない。したがって、本件相続開始前三年以内である右各贈与の価額は別表2の<3>のとおり相続財産の価額に加算すべきものである。

四  原告悦造及び千枝子の各課税価格

1  別表2のうち<1>相続財産は、本件預金とその既経過利子を除き、現金・預金等(既経過利子を含む。)を含めて、全て当事者間に争いがないこと前記一及び二1のとおりであり、申込済み定期預金の既経過利子五四万四八七九円のうち千枝子の取得分(したがって、加算)となる価額が抗弁4(二)(1)の一四万二〇六〇円となることも当事者間に争いがない

そして、本件預金も亡キンの相続財産と認められること前記のとおりであるから、これに係る別表3の各既経過利子もまた相続財産となるところ、これについて相続人間で遺産分割の協議が成立したことの主張立証はないから、これについての原告悦造及び千枝子の取得分の計算は、その法定相続分(各四分の一)に従ってなされるべきものである(相続税法五五条)。そうすると、本件預金とその既経過利子の合計三六二八万四六三五円については、各九〇七万一一五八円が原告悦造及び千枝子それぞれの取得分に加算されることになる。

2  右によれば、千枝子の現金・預金等の取得分は、別表3番号28の預金分を除いても七一一七万五〇八六円となり、取得した総額は別表2の千枝子取得分欄記載の二億九二一九万三八四一円となる。また、原告悦造の取得分は本件預金の取得分である九〇七万一一五八円即ち、別表2の<1>相続財産欄記載の額と同一である。

五  本件更正(本税)の適法性

本件申告に洩れた前述の申告済み定期預金に係る既経過利子、別表3番号28の定期預金とその既経過利子、本件預金とその既経過利子及び相続財産に加算される贈与財産の各価額を本件申告に加算し、これから別表2の<3>債務及び葬式費用の額を減じた本件課税価格は同表<4>の額となる。この課税価格に基づいて(但し、課税価格は端数処理の結果六億一五一二万七〇〇〇円に減じたものを用いる。)、原告らの相続税を計算すると別表4のとおりである(別表4のうち、2<5>の贈与税額控除額は原本の存在及び成立に争いがない乙第三〇号証の一に明らかである。)

よって、本件更正(裁決による一部取消し後の本税額)は正当である。

六  重加算税及び過少申告加算税の賦課決定の適応性

前記二で認定したとおり、千枝子は本件預金の相当部分の書き替え手続きに直接関与していたものであり(同2(三)(1))、千枝子の夫である原告悦造は本件預金の一部について自ら書き替え又は払戻しの手続きをとっており(同2(二)(6))、本件申告において亡キンの相続財産として申告されている定期預金の中には、一旦本件預金に用いられているのと同一の架空名義が記載されたりしたものがある(同2(四)(2))。加えて、原告らは、一旦は、本件預金が千枝子及び原告悦造に帰属する旨主張し、のち本件預金を原告悦造のものと主張を変更してからも、本件預金の設定及び書き替え等の手続きを担当した者は千枝子であったと一貫して主張している。

そして、亡キン、千枝子及び原告悦造はそれぞれ戸井田製作所の代表取締役、従業員及び取締役として同社の業務に関わりを持ち(前記二2(一))、更に千枝子は亡キンの死亡まで一年余り同女と同居していたものである(抗弁6(一)。この事実は当事者間に争いがない。)。

このような諸般の事実を合わせて考えれば、千枝子も本件預金が亡キンに帰属することを十分に認識していたにもかかわらず、本件預金の殆どが架空名義又は無記名の定期預金であることを奇貨として、本件申告の際、あえてこれを相続財産の記載から除外して本件預金の秘匿を図ったものと推認することができ、この所為は、相続税の基礎となる事実を隠蔽した場合に該当するから、重加算税賦課の原因となるものである。

そこで、重加算税の額についてみると、隠蔽された財産の価額は三六二八万四六三五円(本件預金及びその既経過利子の合計額)、そのうち千枝子の取得分は九〇七万一一五八であるから、これに基づく千枝子の重加算税の基礎となる税額は、本件裁決で用いられた六四二万二〇〇〇円(この額は前掲甲第一号証の「加算税の額の計算」表に明らかである。)を下らないことになり、本件重加算税賦課決定は適法である。

次に、過少申告加算税賦課決定についてみると、本件更正等により新に納付すべき千枝子に係る本税(別表1二の納付税額であって裁決額から期限内申告額を控除した七八一万四二〇〇円)で本件重加算税賦課決定の基礎とした額(成立に争いがない甲第一号証の「加算税の額の計算」中の「重加算税」によれば六四二万二〇〇〇円である。)を除いた額の百分の五は千枝子(したがって、その相続人である原告ら)に係る本件過少申告加算税額となる(百円未満切り捨て)。

原告悦造が本件更正等により新に納付すべき本税(別表1一の納付税額であって裁決によるもの)百分の五は同原告に係る本件過少申告加算税額を下回らない。なお、重加算税は、過少申告加算税に代えて賦課されるものであるから(国税通則法六八条一項)、本件更正等において、重加算税の基礎とした本税額については過少申告加算税に止めるべきものとしたときは、その過少申告加算税の額を示して、これを超える限度で重加算税賦課決定を取り消すことができるから、右過少申告加算税を加えた本件更正等の過少申告加算税額(二一万五三〇〇円)は適法である。

七  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官 塚本伊平 裁判官 大島隆明)

別表1

本件課税処分の経過

一 戸井田悦造

<省略>

二 戸井田千枝子(相続人戸井田悦造及び戸井田玉江)

<省略>

別表2

相続財産の価格及び課税価格

<省略>

(注) 括弧書きの価格は各申告額を示す。

別表3

本件申告にない定期預金及びその既経過利子の価額

<省略>

<省略>

別表4

1. 相続税の総額の計算

<省略>

2. 原告悦造及び千枝子の相続税の計算

<省略>

注(1) 上記1、2の課税価格が別表2<4>より少ないのは、各相続人ごとに課税価格の千円未満を切り捨てて再び合計したことによる。

(2) 上記2<6>のうち原告悦造及び千枝子の差引相続税額は、国税通則法119条1項による百円未満切り捨て後のもの。同括弧内は全相続人の同合計額。

別表5

本件預金及びその関連預金にかかる書証

<省略>

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